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東京高等裁判所 昭和42年(う)1351号 判決 1968年11月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完結することができないときは、一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、公職選挙法第二五二条第一項の選挙権および被選挙権を有しない期間を一年に短縮する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

所論は、法令の適用の誤りをいい、要するに、原判決は、被告人が昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員総選挙に関し、東京都第四区から立候補した松本善明に投票を得しめる目的をもつて、同選挙区の選挙人である鎌田重男ほか六名を戸々に訪問し、同候補のため投票を依頼した事実を認定しながら、買収その他の実質的害悪を生ずる明白にして現在の危険が存しなかつたものとして無罪の言渡しをしたが、右は、公職選挙法第一三八条第一項の解釈適用を誤まつたものであると主張する。

よつて、按ずるに、本件公訴事実の要旨は、被告人は、昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員総選挙に際し、東京都第四区から立候補した松本善明に投票を得しめる目的をもつて、同年同月八日同選挙区の選挙人である東京都杉並区和泉町三五三番地鎌田重男ほか六名の各自宅を戸々に訪問したものである、というのであり、これに対し原判決は、公職選挙法第一三八条第一項の戸別訪問の禁止は、憲法第二一条の保障する言論の自由を制限するものであつて、かかる制限は、公職挙法の保護法益たる選挙の自由と公正を著しく害する「明白にして現在の危険」がある場合に限り憲法上許されるものというべきであるから、公職選挙法第一三八条第一項、第二三九条第三号の戸別訪問罪の規定は、その構成要件として、同法第一三八条第一項の規定に違反して戸別訪問をすることのほか、戸別訪問に際して選挙の自由と公正を著しく害する「明白にして現在の危険」の存することをも予想するものであり、従つてまた、かかる要件の充足される場合にのみ、その適用があるものと解すべきであつて、本件において、被告人が前記公訴事実のごとき戸別訪問をした事実は、証拠上認められるにしても、右の戸別訪問に際して選挙の自由と公正を著しく害する「明白にして現在の危険」の存した事実については、これを認めるべき証拠がないので、結局犯罪の証明がないことに帰するものとして、被告人に対し無罪の言渡しをしたのである。

そこで所論に基づき按ずるに、言論の自由は、国民一般による民主主義の理想達成のための重要な手段となる意味においてのみ、特に憲法第二一条により官憲の不当な侵害を受けることのないよう保障されているのであつて、国民一般にかかわる公共の福祉のため、おのずから、個個の言論の行なわれる時、所、方法等につき合理的制限に服すべきことは、憲法同条自体の容認するところというべく(昭和二四年(れ)第二五九一号、同二五年九月二七日最高裁判所大法廷判決参照)、選挙に関し、投票を得もしくは得しめまたは得しめない目的をもつて戸別訪問をすることを全面的に禁止した公職選挙法第一三八条第一項の規定も、選挙運動としての戸別訪問には、種々の弊害を伴い、選挙の公正を害するおそれがあるものとして大正一四年の所謂普通選挙法以来それが禁止されていることにかんがみれば、言論の自由に対する合理的制限の限界を越えたものとして憲法第二一条に違反するものとは認められない。弁護人の答弁あるいは提出の証拠を仔細に検討しても、そのうち右と見解を異にする部分は、立法論としてはともあれ、今日の解釈論としては当裁判所は、採ることができない。従つて、公職選挙法第一三八条第一項は、原判決の判示するように、戸別訪問のうち、選挙人に対する買収、威迫、利益誘導等、選挙の公正を害する実質的違反行為を伴い、または、かかる害悪の生ずる明白にして現在の危険があると認められるもののみを禁止の対象としたものではないと解するのを相当とする(昭和四二年(あ)第一四六四号、同年一一月二一日最高裁判所第三小法廷判決参照)から、同法第二三九条第三号の規定が、原判決説示のごとく、その構成要件として、同法第一三八条の規定に反して戸別訪問をすることのほか、戸別訪問に際して選挙の自由と公正を著しく害する明白にして現在の危険の存することをも予想したものとはいうことができない。それ故、原判決が、被告人が同法第一三八条第一項の規定に反して戸別訪問をした事実を証拠によつて認定しながら、同法第二三九条第三号を適用することなく、選挙の自由を著しく害する明白にして現在の危険の存する事実についての証拠がなく、犯罪の証明がないものとして、被告人に対し無罪の言渡しをしたのは、同条号の解釈適用を誤まつたものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はとうてい破棄を免れない。<後略>(石井文治 山田鷹之助 山崎茂)

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